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鬱で身体を壊してまで仕事を続ける必要はない
前の同僚でうつ病を発症した人がいた。
鬱は「心の風邪」などと言われることもあって、治療を受ければ治るのだろうと軽く考える人もいるが、実際はそんな生易しいものではなく、下手をすると命を落としかねない病気(「鬱病…子供を残して逝った人」)である。
明るくさっぱりとした人柄で、女性らしい気遣いのできる人だった。
あるとき彼女が一週間程、風邪で休んだ。
それまで一日二日と休むことはあっても、それほど続けて休んだことがなかったので、かなりひどい風邪なのかと思っていた。
休み明けの月曜日、何かふっきれたような表情で出社してきた彼女は、上司に
「辞めさせていただきたいんです」
と告げた。
それまで、それらしい兆候がなかったので、会社の皆は上司を含め一様に驚いた。
辞めるきっかけになるような出来事も特に思い当たらない。
従業員の多い会社ではなかったけれど、事前に上司に話を通さずに、他の人にも聞こえるかもしれない状況で退職の意思を示したことに、少し違和感を覚えた。
強い決断の表れとも思えるし、そのときはもう会社に見切りをつけていたのかもしれない。
仕事のできる彼女は、当然引き留められる。
退職の理由を問われ、彼女は鬱で人と会うのが辛いし、会話をするのも難しいと答えた。
社交的で温和な彼女は、精神疾患とは無縁の人のようで、人付き合いの苦手な私はうらやましく思っていたのだ。
そんな彼女が鬱病を発症していたことがショックだった。
頑張りすぎたのだろう。
弱みを見せず、愚痴もこぼすこともなく、仕事熱心な人だった。人当たりがよく頼みやすい彼女の前には、仕事が山積みになっていたはずだ。それをこともなげに処理しているように周囲からは見えたので、振られる仕事は更に増えていく。
いくつも仕事を抱え込んで頑張って頑張って、どうにもできないところまで頑張って、力尽きたのだと思う。
一見人当たりのよい温和な人は鬱とは無関係に思えるが、人との軋轢を避けようとして、自分の気持ちを犠牲にしてふるまうことで、強いストレスにさらされることがある。
上司は、通院しながら、出て来られるときには出社してほしいと言ったが、次の日から彼女は出社しなくなった。
もう出社できるような状態ではなかったのだろう。
辞めてほしくなかった会社側は、退職とはせず休職扱いとして傷病手当を支給することにした。
傷病手当とは、病気休業中に被保険者とその家族の生活を保障するために設けられた制度で、最長一年半まで支給されたと思う。
従業員の中には 「いいね、働かなくてお金もらえて」、「気持ちの問題じゃないの?」などとあからさまに言う人もいた。
彼女の耳に入れば鬱が悪化するような言葉だ。
仕事のしわ寄せが来るので、風当たりは強かった。
働いていないのにお金をもらえることへのやっかみもあったと思う。
鬱は他の病気と違って、外からわかりにくいからやっかいだ。
その辛さは、外からはわからない。単に怠けているだけのように見えてしまうこともある。
一年半の傷病手当をもらって、結局復帰することなく彼女は退職した。
自分の身を守れるのは自分しかいない。辛さを測るものもないから、本人の物差しで決める他ない。
死なない為には、ときには逃げることも必要だと思う。
逃げ切った彼女にエールを送りたい。