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ないものだけを見ていると、自分の持っているスキルや才能に気づくことができない
<2019.3.30>
会社員に嫌気がさして、フリーで独立しようとするときに、今までしていた仕事と全然違う分野を目指して、まず何かを学び始める人は結構いる。
それ以前に、何を仕事にしたらいいかわからなくて、天職を求めて、占いやセミナーに通い始める人もいる。
それで新しい世界が広がることもあるから全然悪い事だとは思わないけれど、もしかして、自己評価が低い人は、自分が今持っている才能や能力に気づくことが難しんじゃないかと 思ったりする。それって実はもったいないことなんじゃないだろうか。
今の仕事で目が出そうにないから、新しい知識を学んでスキルやをしっかり確立してから、仕事を始めたいというのは間違ってはいない。
でも、何かを習得するには、時間がかかる。そして、学びというのは、完璧を目指すといつまでも終わらない。自信がついてからフリーで独立しとうと思うと、いつまで経っても学び続けているだけになる。
そして、本業を抱えながら何かを学ぶことは、とてつもない労力がいる。結局続かなくて、学びにかかったお金を無駄にしたり、会社員として不満を抱えながら、現状に留まることになる。
周囲を見ていても、フリーで成功している人は、現状持っているスキルや才能に気づいて、生かしている人が結構いる。もちろん例外はある。
でも、今、持っているもので何ができるかを考えた方が、独立までスピードは断然速い。
学ぶことに時間をかけていないのだから、当たり前の話だ。何かを学ぶ為に使う費用をビジネスの資金にもまわすこともできる。
彼らは自分のできることを客観的に見て、できる範囲から始めていく。もちろん足りない部分は出てくるから、それはやりながら身に着けていくことになる。
今、成功している人でも、ビジネスを始たばかりの頃は自信がある人ばかりではなくて、やることで経験値を上げて、自信を付けてきたはずだ。
だけど、自己評価が低く、自分には才能もスキルも何もないと思っていると、自分が今持っているものに気づくことができない。
あるものを見ないで、足りないことだけを見ているから。
みすぼらしい自分は、何も一つ持っていないと思い込んでいる。
何かしらの片鱗があっても、人と比べて、取るに足らないちっぽけなものだと過小評価する。
自己否定の強さが、自分が持っている素晴らしいものに気づく目を曇らせている。
でもね、今まで身に着けてきたスキルをあっさり捨ててしまうのは、あまりにももったいない。
それに、スキルや才能って、実はそんなに大それたものじゃなくてもいい。特にビジネスの最初は。
ビジネスを小さく始めることでリスク回避もできるし、お客が求めているのは、他をしのぐような圧倒的なスキルではない場合も多い。
人と比べて絶対的な才能がないとダメだと思っていたりするが、そんなのは幻想で、求められているのは、小回りがきくことだったり、価格の安さだったり、誠実さだったり、そういう付加価値かもしれないのだ。
せっかく才能があるのに、そのことに気づけず、ダメな自分を叱咤して、ないものを埋めようとしている人は、不幸なんじゃないかと思う。
もっと不幸なのは、何も持っていない自分を責めて、外で何かを学ぼうとする意欲さえ失った人たちだけど。
教育は、足りないところに目が行く構造になっているから、そう思い込まされているだけ、なんじゃないだろうか。
何より、嫌気が差してやめようとしている仕事は、その仕事内容が嫌なのか、その職場で働くのが嫌なのかは、分けて考えた方がいいと思う。あんがいその会社自体が嫌なだけで、仕事の内容は好きだったりすることもある。
どうしてもやりたいことがあるなら、後悔しないようにもちろんそれを選べばいいけれど、何の仕事をしたらいいかわからない場合は、自分がよく知っている分野で、独立するのもありなんじゃないかな。
自分が持っているものに気づいてから、その分野で独立した人を見て、そんなことを感じた。