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自分を変えたくても自己啓発セミナーには参加したくない


自分を変えたくても自己啓発セミナーには参加したくない


明晰夢に憧れたのもスピリチュアルな物事が好きなのも、結局自己変容を求めているということをこの前書いた。(「明晰夢を見ることにこだわった本当の理由」
その根底にあるのは自己肯定感を持てない、自分のことを好きになれないつらさだ。

この前、古本屋で『洗脳体験』(二澤雅喜、島田裕巳著 発行:宝島社)という本を見つけ、惹かれるものがあって読んでみた。
この本には私が求める方法ではないが、自分を変えたい人の物語が描かれている。
発行は1991年とかなり古く、帯には

あなたの親しい隣人たちが泣きわめき、踊り狂い、抱き合って「ちがう自分」に変わっていく「自己開発セミナー」潜入体験記! 
人はいかに「洗脳」されていくのかを迫真の筆致で描くサイコ・ノンフィクション!!

という刺激的な言葉が並んでいる。

一頃流行った自己啓発セミナーの体験記だ。今では自己啓発セミナーに対してマインドコントロール、洗脳といったネガティブなイメージが定着したせいもあり、自己開発セミナー、自己啓発セミナーといった言葉自体ははあまり使われなくなった気がする。

ただ存在そのものがなくなったわけではなくコーチングやスピリチュアルセミナー、ビジネスセミナーといったものに名前を変えて存続しているのではないかと思う。
もちろんコーチングやスピリチュアルセミナーの全てが自己啓発セミナーの流れを汲むものとは思っていないし、その方法を踏襲しているものでもないだろう。内容も悪質なものから、自己実現を促す有益なものまで千差万別だと思う。

『洗脳体験』という刺激的なタイトルと帯の言葉から、洗脳されることを前提としてセミナーの内容をルポルタージュする為にセミナーの直中に乗り込んだのかと思ったが、少なくとも潜入体験記を書いた二澤氏は、純粋にセミナーに興味を抱いて参加している。セミナーに対する先入観は決して否定的ではなく、むしろ肯定的だ。

そして今はなきライフダイナミックスの自己啓発セミナーの内容を実際に体験し、克明に記していく。
読んでいると、あたかも自分がそこにいて体験しているような気にさせられる。
参加者は、様々なワークを通して叫び泣き、感情を爆発させカタルシスに至っていく。その非日常の体験は異様という他ない。

ずいぶん昔、勤めていた会社の意向でセミナーに参加させられた経験がある。
『洗脳体験』に描かれる自己啓発セミナーに比べれば随分と緩い内容のものだったが、集団行動が苦手な私には相当厳しい体験だった。

逃げ場のない中で既成の概念を打ち壊すような過激なワークは、自分の中で思い出したくもない黒歴史になっている。

洗脳とまではいかないにしても自己変容を迫られたのは確かで、その瞬間は新しい価値観がもたらされたような気もした。しかしその瞬間が終わると結局何も変わらなかったし、望みもしないのにそのようなマインドの部分に踏み込むセミナーに参加させられることへの不信感を持った。
結果的に組織で働くことは自分には合わないという思いを強化しただけだった。

自己啓発セミナーの全てを否定する気ははないし、自らセミナーに参加し、セミナーを通して自分を変えようとする人がいることも理解できる。

ただ自己変容に対する強い憧れはあるが、自己啓発セミナーというやり方は自分には向いていない。
強い薬は毒にもなる。急激すぎる変化は恐ろしい。

ときどき、コニュニケーションスキルなどを上げ自分を成長させるためにセミナーに参加したはずなのに、セミナーの雰囲気に過剰適応するあまり、セミナーの中の共同体に共鳴しすぎて、それまでいた共同体から逸脱してしまう人を見かけることがあって、残念に思ったりもする。

セミナーの中でしか通じない言葉をそれまでいた社会で使って浮いてしまったり、セミナーの素晴らしさを盲信して、周囲の人に無理に薦めたりしてしまう。

多分一過性のものなのだろうとは思う。時間が経てば憑き物が落ちたようになるはずだ。

セミナーの内容を社会で有益に使おうと思えば、社会に通用するように自分の中で熟成させなくてはならない。
そこまで昇華させてはじめてセミナーは有益なものとなり得るだろう。

だからと言って自分は参加したくないのだが。

あとがきに書かれた二澤氏の

セミナーを受講した年の他の出来事と比べても、セミナーの記憶は、そこだけぼんやりうしろへ遠退いたように印象が薄い。他の、実生活上の出来事に比べると、セミナーでの体験は、何だか色褪せるのが早いようなのである。やっぱりあれは、人工的に演出された疑似体験だったんだというのが 率直な感想だ。

という一文が印象に残る。
変わるならば、ここまで過激ではなく自分が納得のいく方法で緩やかに変ってきたいと思うのだ。


洗脳体験
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