常軌を逸したパチンコ依存症の人
以前の勤めていた会社の同僚にパチンコ好きな女の子がいた。
好きと言っても休みの日にするくらいで、のめり込むほどではない。
彼氏ができて、パチンコ屋へ二人で初めて行った話をしてくれた。
「彼、初めてなのに出しちゃってさ、8万近くも勝ったんだよ」
幸せそうに話す彼女が可愛らしかった。
一緒にパチンコが出来れば、一緒にいる時間が増えるという彼女の単純な思い付きで、彼はパチンコデビューを果たす。
このビギナーズラックで大当たりを出してしまったことが、後の彼の運命を決定づけることになる。
あのとき負けていれば、無口で真面目な彼は二度とパチンコ屋に足を踏み入れることはなかったかもしれない。
パチンコで勝つことは嬉しいことだろうが、最初に勝ってしまうことは、初心者にとって喜ばしいことではないのかもしれない。
パチンコ歴の長い彼女は、パチンコとの距離の取り方を心得ていた。ギャンブルが毎回そうそう勝てるものではないことをよく知っていて、当然彼もそのスタンスが取れると思い込んでいた。
けれど免疫のない彼は、勝という魔物に取りつかれてしまった。
たった数分台に座っただけで、いとも簡単にお金が手に入る、錬金術のように見えたのかもしれない。それまで味わったことのなかった高揚感に支配されてしまったのかもしれない。自分はツキのある人間と思い込んでしまった。
二人仲良くパチンコを打つ日々が数年続いた。
結婚の準備の為にと、二人で貯金も始めた。この頃の彼女が一番幸せそうに輝いていた。
二人で打っている間は、彼女が歯止めになって、「もう今日は勝てないよ。帰ろう」と言うことができた。
しばらくすると、彼が捕まらない日が多くなっていく。
喧嘩も多くなり、二人の関係はぎくしゃくし始める。
「彼女が出来たんじゃかないかと思う」
彼女は新しい彼女の存在を疑っていて、思いつめたような声で電話をしてくることが度々あった。
しかし、彼は会社が終わると、パチンコ屋に入り浸っていたのだ。
パチンコ屋で彼の姿を見つけて、なじる彼女と大喧嘩になった。
彼の家に押しかけ結婚資金用の通帳を確かめると、貯めていたはずの数十万の残高はきれいになくなっていた。
貯金どころか多額の借金を重ね、仕事中もパチンコ屋に通うような生活に陥っていたことを彼女は初めて知ることになる。
借金は700万円程に達していた。
彼はパチンコで作った借金をパチンコで返そうとしていた。
依存症の人は、それが常軌を逸した考えであることに気づくことができない。勝てばさえ取り返せる、そんな風に思っていたらしい。
「あのとき、私がパチンコにさえ誘わなければ」
彼女がぽつりとつぶやいた。
彼女によると、その頃、彼の会社は業績不振で様々なプレッシャーがのしかかっていたらしい。
「やり直したい」
という彼を一度は許したが、結局彼のパチンコ屋通いは治まることはなかった。嘘をつきながらパチンコを続け、借金も減るどころか更に増えていった。
彼女の顔から笑顔が消えた。生活が荒れ、会社も辞めた。限界だった。
結局、二人は別れた。
近年、ギャンブル依存症は、心の病気、精神疾患だという認識が広まりつつある。
ギャンブル依存症に陥るのは、8割がごく普通に生活をしてきた人だとも聞く。2014年8月、厚生労働省の研究班は、疑いのある人は推計で536万人にのぼると発表した。
ギャンブル依存症の闇はどこまでも深く計り知れない。