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夏の匂い、夏の色、夏の記憶
匂いは記憶と結びついている。
特に夏には特有の匂いがあって、その匂いを嗅ぐと様々な感覚が夏特有の色彩や音と一緒になって呼び覚まされる。
あまり学校に馴染めなかった子供の頃の私は、夏休みに祖父母のいる田舎へ行くのを何より楽しみにしていた。
私は王様のようにわがままいっぱいに、長くて、それでいて短い夏休みを過ごした。
茹でたてのトウモロコシの甘い匂い。
食べるのが待ちきれなくて鮮やかな黄色の実にかぶりつくと、歯茎が痛くなるくらい熱くて、はふはふしながら頬張ったこと。
夕立に濡れた地面の匂い、雨の匂い。
濡れて一段と濃さを増した夏の植物の圧倒的な生命力に、少し怯えながら見とれたこと。
花火の火薬の匂い。
灯された誘蛾灯に呼び寄せられる無数の虫。
カナブンが青いライトに何度もぶつかるのを耳障りに聞きながら、手持ち花火をくるくると回して「キレイでしょ?」と花火の残像を得意げに祖父母に見せびらかしたこと。
あの夏の私の仕事は、畑仕事の汗で濡れて、一人では脱げなくなった祖父のシャツを引っ張って脱がせることと、夕方の畑と庭の水撒きだけだった。
シャツはほんの数秒で終わる仕事で、なるべく遠くへ飛ばそうとするホースでの水撒きはただの遊びだった。それさえも面倒になって、途中で投げ出して祖父に後始末をしてもらった。
夏が終わるのはずっと先で、宿題のことなんか頭の端にもなかった。
お祭りの屋台で買ってもらった水風船のゴムくさい匂い。
焼けたアスファルトの匂い。
プールの塩素に晒された濡れた髪の匂い。
やさしい麦藁帽子の藁の匂い。
素麺に入れる為に摘んでくるように言われて摘み取った、大葉の葉の強烈でかぐわしい匂い。
洗いたての浴衣の放つ糊の匂い。
盆棚に供えられたお線香の匂い。
もらったクワガタの虫かごに入れたきゅうりの青臭い匂い。
冷たく冷やしたスイカの匂い。
海の匂い、汐の匂い。
たくさんの夏の匂いを思い出して切なくなる。
何をしなくてもそこにいるだけで愛された幸せな時間。
子供には何もしなくても無条件に愛される瞬間が必要だと思う。
だけど、それが叶わない子供も多くいて、そういう時間を持てたことは幸せだったと思う。
永遠に続くと思っていた子供時代の夏は終わり、幸せが詰まった祖父母の家は、二人が亡くなって、お墓参りのついでに束の間、立ち寄るだけの場所になった。
夏休みが終わるのが嫌で散々駄々をこねて皆を困らせた。あの頃、子供時代が終わることなんて、想像すらしていなかった。
一生の中で過ごせる夏はだいたい80回程。
人の一生は退屈で長すぎるけれど、80回の夏はあまりにも短い。
そのうちの一つの夏が今、過ぎていく。