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お客の前で従業員を感情的に怒る店長のこと、そして訃報
「お前は何をやっているんだ。こんなこともできないのか」
いきなり怒声が聞こえて、一瞬身体が固まった。
キャラクターグッズのショップには似つかわしくない、男の人の感情的な怒鳴り声だった。
声の方に目を遣ると、うなだれる男性スタッフと、怒声を浴びせる上司、もしくは先輩スタッフとおぼしき男性がいた。
私は、ほしい商品が見つけられなくてスタッフを探しているところだったが、多くのお客がいる中、従業員を叱責する行為を目の当たりにして、探し物を尋ねることもできずに立ちすくんだ。
自分が叱られているわけではなくても、自分が叱られているような気持ちになる。
嫌だ、聞きたくない。けれど叱責は終わらない。
こんなにお客に聞こえるように大声で叱るのは、うちは社員教育を徹底してますというアピールなんだろうか。
それともスタッフに舐められないようにする為の威嚇だろうか。
不快だった。教育や指導の為というより、自分に酔っているように見えなくもない。
とうに辞めていたが、学校を卒業して一番初めに勤めた職場が、やはり雑貨などのキャラクターグッズを扱うショップだった。
前述の男性スタッフが怒られている店とは、別の会社だけど。
そこの店長もこんな風に大声を出して感情的にスタッフを叱り飛ばす人だった。
私には無理だったが、男性の店長以外全て女性スタッフで、ただでさえ難しいかじ取りが求められる職場で、恐怖政治を敷くようなやり方は理にかなっていたのかもしれなかった。
現に、誰も店長には逆らわなかったから。
些細なことでキレて、自分の怒声に触発されるようにヒートアップしていく怒り方だった。たえずイライラしていた。
頭のよい人だったから、もししかしたら自分の怒りを計算づくに利用していたのかもしれない。他人から最大限の譲歩を引き出す為に。
ミスに対する注意や教育はもちろん必要だが、叱り方がというものがある。
面目を潰すようなやり方の叱責は、内容がどんなに的を得たものであっても、平常心で聞ける人間はそうそういない。
当時は初めての仕事で自覚はなかったが、パワハラに近いものがあったように思う。
そんな感じなので、扱っている可愛い雑貨とは裏腹に、店の雰囲気はどこかギスギスしていた。
皆、自分が怒られないように保身をはかり、ミスを明け透けに言えない雰囲気があるから隠そうとする。
美人の副店長は、自分が店長に怒られないよう、下の人間をけん制していた。
「あなたがミスすると私が怒られるから、もうこんなことがないように」ときつく言わることが度々あった。私だけじゃなく他のスタッフも。
確かに事実なのだが、自分が怒られるからの教育ではなく、あくまでよりよく仕事をさせる為の教育ではないのだろうか。
心の中で思っていても、建前として、そこは隠すのではないかと思ったりした。
怒られて奮起する人もいたが、総じて皆委縮していたような記憶がある。
叱責が怖くて辞める人もいて、この人については機会があれば書いてみようと思う。
こらえ性のない私は、早々にそのショップを辞めたのだが、この話には後日談があって、今から数年前に、店長が…役職はもう店長ではなかったが…亡くなったという知らせを受けた。
どう考えても、早すぎる死。
くも膜下出血だった。
訃報を聞いたとき、自分の怒りに殺された、という思いが一瞬頭に浮かんだ。
真相はわからない。
ただ、怒りの感情は死亡リスクを高める。攻撃的で怒りっぽい性格の人は、脳卒中になるリスクが健康な人よりも2倍も高いそうだ。
イライラすると、脳に血を送るために血管は収縮して細くなり、血を素早く送ろうとして、高血圧の状態を作り出す。
常にイライラしている人は、この状態が日常的に続くことになる。
怒りが身体を蝕んでいく。
お昼もあまり外に出ずに、狭い事務所の一角でテイクアウトしてきたカレーライスをかきこんでいた姿を思い出す。
外に出る時間も惜しかったのだろう。イライラと吸うたばこの本数も相当のものだった。
当時は幼稚すぎてわからなかったが、店長も必死に頑張っていたと思う。
どうしてこんなに言わないとスタッフはやってくれないんだろうという思いが、あったのかもしれない。
多分皆、経営とか、そういう大きなビジネスとは無縁のところで仕事をしていたように思うから。
実際、店長はブロックでの売上実績を伸ばして、本社がある東京へ戻っていった。元々、東京の人だった。
東京の自宅での葬儀だったので、弔電だけを打った。
もう店長に嫌な感情は持っていなかったが、それだけ遠くの人になっていた。冷たいようだが、悲しいという気持ちもどこか上滑りな感じがした。
我に返ると、スタッフを叱り飛ばす声が、まだ店内に響いていた。
結局、探し損ねた商品の場所を聞くこともできずに、私はショップを後にした。