恋人からの支配に悩む人
昔、交流のあった友人の話だ。
彼女は恋人の精神的なドメスティック・バイオレンスに悩んでいた。ドメスティック・バイオレンス、いわゆるDVとは、ウィキペディアによると、 「同居関係にある配偶者や内縁関係の間で起こる家庭内暴力のことである。近年ではDVの概念は同居の有無を問わず、 元夫婦や恋人など近親者間に起こる暴力全般を指す場合もある。」と書かれている。
彼女は彼と一緒には住んではおらず、暴力行為は一切なかったなかったから、厳密な意味でのDVではないかもしれない。 ただ精神的虐待めいたものはあったようだ。初め彼女は、ひっぱっていってくれるような彼の男らしいところに惹かれたらしい。けれど男らしさは時に身勝手さや横暴さに通じる場合がある。 意味もなく「別れる」と言って彼女をおたおたさせ、楽しんでいるようなところがあった。
連絡がつくときには四六時中電話を入れさせ、会ったときには携帯電話をチェックして、行動を監視した。 結婚資金を作る為と言って、彼女がお金を使うのも、いちいち報告させていた。勿論社会人の彼女が働いた自分のお金である。 友人に会うときも彼の許可が必要だった。 事ある毎に彼女はダメな人間だから、自分が治してやっていると信じ込ませようとし、彼がいないと何もできないように仕向けて行った。
同情を引くやり方を取ったり、逆に罵倒して威嚇することもあったらしい。そうやって彼女を支配していった。彼女は疑問を感じながらも、その気持ちに蓋をして、これは彼の愛情なんだと思いこもうとしていた。彼女のもてる時間全てを差し出しても彼は満足しなかった。それ以上の愛情を要求した。
「それは愛情とは違うんじゃないの?」と彼女に問いかけたこともあったが、洗脳状態にある彼女には分からなかった。分かりたくなかったのかもしれない。 機嫌のよいときの彼はすごく優しく、男気に溢れた人で、関係性も良好だったから、優しいときの彼を信じたかったのかもしれない。
「私がいなくなったら彼はダメになる」、「彼を傷つけるのは私であってはダメなの」そんな風によく言っていた。 共依存の関係。彼女は自尊心や自己評価が低い為に彼から依存されることで、無意識のうちに自分の存在価値を見出し、関係を続けていたのだと思う。
でも、ある日彼女は気づく。会いたいという気持ちは既に消えていることに。色々な理由を捜して会うのを避けるようになる。 会って楽しい気持ちより不快になる回数ばかりが増えていた。
ただ「別れよう」という言葉は、なかなか言い出せなかった。罪悪感と言ったときの報復が怖かったんじゃないだろうか。 彼女は彼が別れを言い出すことを待っていたように思う。
けれど、そんな都合のよい彼女を手放すわけがない。 付き合いは数年に及んだ。会ったとき、電話だけでなら、彼のいう事に従うことは可能だ。でも一緒に暮らすようになれば破たんするのは目に見えている。 彼女は別れを決意した。 別れる時もすんなるとはいかなかったようだが、携帯を解約して連絡が取れなくすることで関係を切った。彼女が一人暮らしではなく家族と暮らしていたことも幸いしたようだ。 最後まで暴力もなく、家に来るといったストーカー行為もなく、本当によかったと思う。
彼女がいないとダメなんだと言っていた彼は、すぐに別の彼女を見つけたそうだ。 彼のベクトルがそちらに向いたのは幸いだったと思う。 DVやストーカー殺人のニュースを見聞きすると、その痛ましさにぞっとさせられる。 そうなる前に逃げられなかったのかとも思う。でも、絶対的な暴力の前に、多くの女性は屈してしまうのではないか。
萎縮した彼女たちは、自由な道は閉ざされていると思い込まされているのではないだろうか。 優しい人はつけこまれやすい。その優しさを敏感に見抜いて、それにつけこむ人は多い。
彼との関係で彼女が一番嫌だったのは、彼には理想の女性像があって、彼女をその理想型に嵌めこもうと押し付けてくることだったらしい。 彼女が好きで付き合ったのではないか。そこには彼女が恋人である必然性がない。理想型に無理やり嵌めこまれた彼女は、もう元の彼女ではないだろう。