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急に意識が遠ざかる感覚に襲われました

急に意識が遠ざかる感覚に襲われました

(「みんなの生きづらさ」/投稿者: 3年目 さん)

高卒で第1陣で受かって社会人として一歩踏み出したのはもう三年前になりました。当時は厳しくてもやっていける、と意気込んでいた私でしたが、一ヶ月程で辞めなくてはならない状況になりました。
元々環境の変化にとても敏感でメンタルが弱く、少食で体力もほかの人に比べて足りなく、親曰く保育園すらまともに行けなかったと聞いてました。小、中、高と慣れるまで1年はかかり、小学校では不登校になりました。でも大人しく生活していた為怒られることもそんなにありませんでした。

そんな中、職場で働き始め必死に追いつこうと自分なりに頑張ってました。でも、チームリーダーからは「もっと早く動いて」と度々注意されました。
私が悪かったんです、でも自分なりに動いているのにまだ早く動いてと言われて腹が立って言い返してしまい、こっ酷く怒られました。

その時頭では怒られてるのはわかっていたものの、何故言い返してはいけないのかと疑問に思っていると、突然眩暈と吐気と動悸と息切れ、急に意識が遠ざかる感覚に襲われました。

今まで怒られてもこのような事は1度もありませんでした。それから職場に着いても思う様に動けなかったり、車に乗っただけで気分が悪くなったり、仕舞いにはトイレの中で泣きました。段々その酷さが増して、等々更衣室で泣いてしまったんです。その時に一部の周りの人が助けてくれましたが、同じ班の人には飽きられ顔をされたのを今でも覚えています。

そして職場の工場長には「こう言うのは悪いんだけど、君の変わりはいくらでもいるんだよ」と言われたのがとてつもなくショックでした。自分が必要とされてないと言われた気がして自殺したい思いでした。

親に連れられて病院に行くと重い鬱病と診断され、三ヶ月間の休みを貰いましたが、殆どご飯を食べたくなり、ずっと布団の中に居て人と会うのがとても嫌で閉じこもってました。工場長の計らいでほかの部署に行きましたが、優しく接してくれた人や同じ職場で働く友達の顔が怒った顔にしか見えなくなり、食も進まず車で泣いてばかりでした。とうとう車から降りれなくなり辞表を提出して辞めました。

それからもう3年間の月日があっという間に流れてました。
薬は終わりましたが、地元紙の求人情報を見ただけで見ず知らずの人間の怒り顔が浮かんできたり、親しかった友達と会うのも怖いと感じるようになってしまいました。
未だに人混みも慣れず、一人になった時は冷や汗と動悸がします。

「3年もたったのにまだ治っていないの?」と親に言われるのが怖くて打ち明けれずにいます。親は「早く手に職をつける為に専門学校等に行くか、ハローワークに行きなさい」と良く言われます。

人の顔を見ただけで眩暈や吐き気をほかの人はするのでしょうか?

私だけなのか分からず、人と関わる事すら恐怖を覚えてしまいました。
最近やっと友達と会ったり、家族の用事に車を出せる様になりましたが、みんな辛いこの世の中生きてるのに何故私はみんなと同じ様に働けないのか、みんなと同じ様に生きられないのか、と自分に対する憤りや不安や恐怖、消失感、焦り等がぐるぐると頭で巡ってます。

ネット等で活躍できる知恵も学力もなく、会った事すら無い人に恐怖に怯えて淡々と過ぎていく日々、正直言って疲れました。死のうと思って家族が出掛けた時に包丁を数時間握ってましたが出来ませんでした。
私には、死ぬ勇気すら無いんです。

姉も同じ鬱病になりましたが、薬を飲み続けながら会社で働いています、友達も似たような症状がありながら会社や職場に働きに行けてるのに何故自分は出来ないのか、もう訳が分かりません。

生きるのが辛い、でも、もう薬は呑みたくない。みんなと同じ様に働きに行きたい。けど、車から降りれない、動かそうと手や足に力を入れても動かない。友達に応援されても行動に移せない。人が怖いという意識が離れない、変わりは誰でもいると言う言葉が頭から離れない、働く事が恐怖になっている。

自分の性格は誰よりも理解してます。
嘘つきで鈍感で優柔不断でのろまで、これ以上学力も画力も文章能力も上がらない事を分かっていて、言われた事をすぐ忘れ、同時に2つ以上の事が出来ない。
その癖、友達の相談に乗ってあたかも分かった様に、理解したように振る舞う。そんな醜い塊の性格。

そして性格も病気も恐怖も治らない、離れない、一生心と体に突き刺さって絡まって取れない、そんな事すら思い始めました。立ち直れない、恐怖が蝕む、体が、心が働く事を恐怖のせいで拒否しているんです。

音に、怒鳴り声に、叫び声に敏感になり両親の喧嘩でさえ過剰に反応してしまいます。更にその喧嘩が自分の事で起きているだろうと被害妄想をしてしまいます。
時々、本当に私の事で喧嘩してます。自分は両親に迷惑をかけているばかりの存在だから家を出たいと思っても体が動かない、本当に生きてるだけで迷惑なんだけど感じ続けてます。

「ニートは楽そうだね」

「車運転出来るんだから治ったんでしょ?」

「大丈夫?私も怖かったけど何とかなってるから、君も大丈夫さ!」

「君は考え過ぎなんだよ。案外なんとかなるもんさ」

「本当に働きたいと思ってるの?」

「なんでも最初から決めつけたら駄目だよ」

「本当に怖いと思ってたらなんにもできなくなるよ?」

良く耳にしますし、こう言う風に励まされます。でも、それが私にとって1番辛い言葉なんです。

いつ治るの?

いつ治るのか、貴方は知っててこう言ってるの?

貴方と私は違うでしょ?

自分基準で言ってるだけでしょ?

案外なんとかなるってそれは貴方だからでは?

貴方は本気で人に恐怖を感じたことはあるの?

車から降りれなくなる恐怖を貴方は感じたことあるの?

励ましてくれているつもりでも心に杭を打ち付けられたかの様にチクチク、ズキズキ、グサグサと痛いです。
そして親の「早く手に職をつける為に専門学校等に行くか、ハローワークに行きなさい」この言葉は私とってこう聞こえます。「早く安定した所について自立してほしい、私を安心させてほしい」と。

私も早く安定した生活を送りたい、親孝行したい、でも、やれる、やれないの問題では無いんです。心と体が一致してないんです、頭でそう思っても体が拒否して動かないんです。

仕事中に怒られて変な症状が出たから怖い、それが次の職場で起こるとは限らない、それが怖い。また働けなくなったら今度こそ見放される。…これは俗に言うトラウマなのでしょうか?
もしトラウマならいつか治るのでしょうか?

上記の文は全て言い訳に聞こるでしょう。
でも本当なんです。
誰も信じてくれないんです。

生きるのが辛い、でも死ぬ勇気すら無く死ぬ事が出来ない。
そんな葛藤を続けてもう3年。
そろそろこの生活から脱出しなければ行けないのに、心と体が未だに一致せず何も行動に起こせずただ淡々と過ぎていく日々に、いつか親や友達に見捨てられるのではないかと怯えながら生きています。

生きるのが辛いです。





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人と関わることががうまくできません。メンタルが弱くて、打たれ弱くてすぐにへこんだり、体力がなくて人と同じようにできなかったり、他の人が楽しいと感じることが苦痛だったり…生きづらさを抱えながら毎日を過ごしています。普通の人と同じようには生きられないけれど、それでもどうにか、生きています。そんな日常を綴っていきます。


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