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少しでも言いつけを守らなければ容赦なく罵声を浴びせられました

少しでも言いつけを守らなければ容赦なく罵声を浴びせられました

(「みんなの生きづらさ」/投稿者:Compass さん)

今、私は就職活動を行っています。しかしほぼうまくいってない。

不採用となったり、試験に不合格になったりしたとき、親から私自身の育ってきた時代が「ゆとり」世代だったことに付け込み、就活での気持ちの持ちようや対策などのアドバイスをくれるどころか罵詈雑言を浴びせられます。

受験前の期間では「お前ならできる」と背中を押してくれていたにもかかわらず、一度しくじれば一気に手のひら返しをします。
自分にも対策が十分ではなかったところもあると自覚していますが、それ以上に、この異常ともいえる手のひら返しのせいで人を信用する気が無くなりました。

実を言えば、親からの心無い言葉を浴びせられたのは小学生の時でした。

この時も、家事を手伝ったりする中で何かしらミスをしたり、少しでも言いつけを守らなければ、容赦なく罵声を浴びせられました。
この時の私の心中では「自分はダメな人間だから、ちゃんとした人になるためには言うことを絶対に聞かなきゃ」と感じていたのでしょう。

それからというもの、追い詰められない限り自分の意志でものを決めたり、言えなくなりました。

ある程度成長すると、何もないとき、つまり平和なときであるという条件下だけでしたが思っていることは言えるようになりました。
しかし、ほんの些細なことがきっかけでまた感情の発信をしなくなりました。

15の時でしょうか、トイレの汚れが原因で私と弟が自宅のトイレを使えなくさせられ、時期が冬だったので寒気の中を歩いて共用のトイレまで移動して用を足すという異常めいた生活を強いられました。
これは誰に聞かずとも分かったことです。どう見ても異常すぎる、と。

この家庭で過ごしている限り、何かしらの失敗をすれば下手をすれば生死をも問われるのではと考えるようになりました。
だからなのか、下手に何もチャレンジもせず、やりたいように生きるのが辛く感じるようになりました。

素直に自分をさらけ出すことができず、常に誰かに傷つけられるのではという脅迫観念が全身を縛り付けていたのではないかと思いました。

案の定、見ず知らずの人や、あまり話さない人と友達になることなどできなかったのです。
傷つけられるくらいなら、一人でいるほうが安全であると考えていたからでしょう。

そうしてまで人を拒絶するのですから、自らの抱く理想的な自分像との乖離を許せずに自己嫌悪をし続けるようになりました。

それは今でも変わらず、「こんな屑人間になってしまったんだから、この程度の人間にまともな人生なんて歩ませる気は毛頭ない」とさえ思えてしまいました。
自分のすべてが間違いだらけだと自覚する以外なく、生きづらさを感じてしまいます。

稚拙な文章で読み苦しかったのではと反省しておりますが、投稿させていただきます。




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